ミニチュアーズ

1980年発売時のオリジナル曲目解説

1/1
オリー・ハルソール&ジョン・ホルシー「バム・ラヴ」
 アヴァンギャルド・ロックギタリストであるオリーは、ケヴィン・エアーズ、ジョン・ハイズマン、ジョン・ケールを始めとする数々のアーティストの作品に参加。僕が最初に彼を観たのは、66年の"タイムボックス"でのプレイだった。(このバンドはヴォーカリスト、マイク・パトゥーの死後、バンド名を"パトゥー"と改名。)そのライヴで、オリーは見事なヴァイヴを披露した。その後突然彼は、衝撃的ギターの巨匠となる。残念ながら、このトラックではそれを聴くことはできない。ここでの彼は、ジョン("パトゥー"のドラマー)の緊張感溢れるヴォーカルに、上品な伴奏を付け加えている。

1/2
ザ・レジデンツ「ウィアー・ア・ハッピー・ファミリー/バリ・ハイ」
 サンフランシスコをベースに活躍する、誰もその正体を知らないカルトバンド。プライバシーを守るためか、はたまた、カルトステイタスを築くための賢い方法か。何れにしても、60年代ポップスのハイブリットなアレンジを初めとする、その妥協を許さない音楽性で、並外れた成功を収めた。『Miniatures』への参加を依頼して初めて分かったことなのだが、彼らも1分間の曲で構成されたアルバム作りを計画していた。この『Miniatures』では、1分のタイムリミットの中に2曲を凝縮。ラモーンズの曲に続き、映画『サウス・パシフィック(邦題: 南太平洋)』の楽しいヒット・ソングが聴かれる。

1/3
ロジャー・マガフ「ザ・レック・オブ・ザ・ヘスペラス」
 アラン・ギンズバーグはかつて、"リバプールは大宇宙の精神的中枢だ"と宣言した。この北の街は、ビートルズのみならず、数多くの感受性豊かな詩人達を生みだした。現在、ロジャーは戯曲を書き、ソロ活動をし、またライターのワークショップを開いている。以前は、リバプールのポップ/詩作バンド、"スカフォード"と"グリムズ"に在籍。ニール・イネスを含む、ミュージシャンと詩人達の一座でツアーもこなした。このアルバムでは、パイプ・スタジオのサウンドエフェクトに味付けされた、ロングフェローの有名な悲劇詩(通常は4分の長さがある)をオークションスタイル発声法で披露してくれる。聴く者に息をつかせな
い作品だ。

1/4
モーガン・フィッシャー「グリーン・アンド・プレザント」
 ヒューバート・パリー卿(1848〜1918)は作曲家であり、またアマチュア陸上競技者であり、多くのケガに苦しんだ。ロバート・ブリッジス(1916年の桂冠詩人)は、ウィリアム・ブレイクの詩のために創られた、パリーの「エルサレム」を婦人参政権運動の"ファイト・フォー・ライト"のセレブレーションのテーマ音楽としてとりあげた。この曲は今でも、国際婦人連合のオフィシャル・ソングとして使われている。ひとつひとつの音が創りだすサウンドコラージュにより、この歓喜の曲の上に、機械的オーケストラ効果が生まれた。

1/5
ジョン・オトウェイ「マイン・トゥナイト」
 英国の偉大なる奇人は死に絶えたのか。いやそんなことはない。現在の音楽状況もかなりの奇人達を輩出している。エールズバリー出身のオトウェイは、友人のワイルド・ウィリー・バレットと共に、ボブ・リンドの「シェリルズ・ゴーイング・ホーム」の扇動的ヴァージョンを代表とする、その混沌としたパフォーマンスで有名だ。しかし実のところ、彼はトム・ジョーンズのようなスターになりたかったようだ。最近のTVドキュメンタリーには"スターダスト・マン"というタイトルがつけられている。彼のレコードはチャートインし、アメリカへも進出。こいつはただのローカルヒーローではなかったのだ。このアルバムでは、友人アダム・フランシスの美しい伴奏にのせ、未完のオリジナル曲を披露してくれている。

2/1
ピート・チャリス&フィル・ディプロック「マイ・ウェイ」
 79年夏、僕はアルバム"ハイブリット・キッズ"のレコーディングに入っていた。25ポンドの4トラックのティアックを使った、13の架空のグループによるカヴァー・アルバムの怪作だ。このアルバムをラジオで聴いた、自称、元清掃員、銀行員、パートタイム・ミュージシャン/アーティストのピートは、似たようなアイデアの1本のテープを僕に送ってきた。僕達は会い、話し、そしてピートは、長期にわたるコラボレーター、フィル・ディプロック(ギタリスト/地方公務員)と共に、このシナトラのハイブリット・ヴァージョンをレコーディングした。多分この曲は、ほかのどの曲よりも多くのアーティスト(故シド・ヴィシャスを代表とする)にカヴァーされているだろう。

2/2
ロバート・ワイアット「ストレンジャーズ・イン・ザ・ナイト」
 シナトラの傑作はまだまだ続く。現代音楽の中で、最も特異な声の持ち主によって。ロバートは、英国が生んだ、2つの最も革新的バンド、"ソフト・マシーン"と"マッチング・モール"の創立メンバーだ。最近は、カーラ・ブレイ、マイケル・マントラー、ブライアン・イーノを始めとする、数多くのアーティストとの仕事をこなしている。僕は彼の家でレコーディングするという恩恵を授かり、テープ処理は後から行った。ヒスノイズが目立ったため、虫の声ようなエレクトロニックサウンドを加えてある。

2/3
スティンキー・ウィンクルズ「オーパス 5」
 残念なことに、現在このグループは存在しない。彼らの即興技術は、陳腐な"ジャズロック"というカテゴリーから、彼らを解放した。79年、ダンケルク・ジャズ・フェスティバルでグランプリを受賞。その年のヤング・ジャズ・ミュージシャン・オブ・ザ・イヤーの栄光に輝いた。にもかかわらず、このバンド?サイモン・ピカード(sax)、ギャリー・ピーターズ(gtr)、ヴェリアン・ウエストン(pno)、ダン・ブラウン(bs)、クリフ・ヴェナー(drs)?は、レコーディング・コントラクトをオファーされず、現在、メンバーは個別に活動をしている。したがって、このアルバムは彼らのデビューアルバムであり、ラストアルバムで
もあるのだ。短い即興パートに続く、アントン・ウェーベルンの弦楽四重奏第3楽章。

2/4
メアリー・ロングフォード「ボディ・ランゲージ」
 タイムアウト誌に掲載された、1つの広告が僕の目にとまった。メアリーが"ミニチュア"というフリンジシアター作品に再キャスティングされているではないか。この作品は、エジンバラ・フェスティヴァルで大成功を収め、英国中と巡業した傑作だ。そのシュールな演技と刺激的ワークショップの評判は瞬く間に拡がり、彼女は一躍時の人となった。このトラックのレコーディング中、彼女は生まれて初めてベースを手にし、プロのプレイヤーが今までに成しえなかったサウンドを創り上げた。この瞬発的才能と自由奔放なテクニックの上に、僕は少々基本音を加えている。

2/5
アンディ・"サンダークラップ"・ニューマン「アンディ・ザ・デンティスト」
 時代を超えて、トップ10に入るシングルの中の1枚は、ピート・タウンゼントのプロデュースによる、サンダークラップ・ニューマンの「サムシング・イン・ジ・エア」だろう。シンプルなロックの中に、ドビュッシーがミュージック・ホールのピアノに出会ったかのような、とてつもないパートを含んだ作品だ。名祖ヒーロー、アンディがこれをやってのけた。ミュージシャンとしての活動は近頃少なくなっていた彼だが、『Miniatures』にその才能の1分間を与えてくれることを承諾してくれた。オリジナルは、サンディ・パウエルの唄う「サンディ・ザ・デンティスト」。この曲は、ミュージック・ホールのモノローグの熱狂的エンディングに使われている。ここでは、ミスター・ニューマンが、その陽気な曲を愛情込めてプレイしている。タイトルは「アンディ・ザ・デンティスト」!!

2/6
デヴィッド・ベッドフォード「ワーグナーズ・リング・イン・ワン・ミニット」
 ひとつ前の曲は"ハーモニー"と言う言葉で終わっている。これは、ハーモニーの、美しい、そして傷ついた一例。典型的な我がまま音楽家、ワーグナーのオペラ(16時間の長さがある!)の縮小版だ。デヴィッドはアレンジャーとして、マイク・オールドフィールドやケヴィン・エアーズとの作品で知られると共に、オーケストラ作品や合唱作品の作曲でも有名。オリジナルアイデアは、ストリングス・シンセでのレコーディングだったが、その計画は壮大すぎた。シンセは重く、スタジオは4階(日本の5階にあたる)にあり、リフトさえ無かったのだ。

3/1
フレッド・フリス「ジ・エンタイア・ワークス・オブ・ヘンリー・カウ」
 このアルバムには多くの相互関係が存在する。現在、フレッドはエトロン・フーとフランスでレコーディング中であり、そのアルバムはラルフ・レコード(レジデンツのレーベル)からリリースされる。フレッドは、真の革新的即興ギタリストである一方、ロバート・ワイアットのアルバムではピアノを、そしてアイヴァー・カトラーのアルバムではビオラまでもプレイしている。この作品はこのアルバムの中で、最も密な作品だろう。ここには彼の以前のバンド、ヘンリー・カウの、精密な数理的システムによって組み立てられた、すべてのシングルトラックが詰め込まれている。注意深く聴いて欲しい。ダグマー・クラウゼ、リンゼイ・クーパー、クリス・カトラー、ティム・ホッジキンソン、ジェフ・リー、ジョン・グリーブス、アンソニー・ムーア、そしてピーター・ブレグヴァドが聴きとれるはずだ。

3/2
マギー・ニコルズ「ルック・ビニース・ザ・ザーフェイス」
 マギーは、簡単に"4オクターブクラブ"メンバーになれた。クレオ・レインが余計なことを言ったらしいが、マギーにとって、そんなことはどうでもいいことだった。彼女は、スポンテニアス・ミュージック・アンサンブル、ジュリー・ティペット(旧姓ドゥリスコル)、センティピード(ロバート・フリップのプロデュースする50人のバンド)との仕事を重ねてきた。現在、その驚くべき発声(フリーなスタイルの、唄とスピーチとサウンドの流出)は、FIG(フェミニスト・インプロヴァイジング・グループ)で聴くことができる。このアルバムでは、オリジナルソングを珍しくストレートに唄ってくれている。ピュアなサウンド創りのために、僕は屋外でのレコーディングを提案した。するとマギーは、出窓に飛び移り、4階の窓から風の強い外の道に向かって唄い始めた。

3/3
ジョゼフ・ラカイル「ウィークエンド」
 "真白だ。色もデザインもない。完璧だ。"(『レヴェリエ・オン・ア・プレイト』より。ジョン・ケージが彼の著書『サイレンス』の中で引用したエリック・サティの短評)ジョゼフはZNRというバンドを持ち、多くの『Miniatures』アーティストが参加した、80年4月のランス・フェスティバルで、サティの精神を再構築した。地元の弦楽四重奏団を従えたステージではミスが頻発し、メンバーは笑いだし、シャンペンで祝杯をあげ、そしてプレイは続けられ、美しいフェスティバルのラストソングとなった。ここに収められた曲は、このアルバムの最短作品である。

3/4
ザ・ワーク「ウィズ・ウィングス・プレスド・バック」
 ティム・ホッジキンソンは、以前ヘンリー・カウに在籍。現在は、ミック・ホブス、リック・ウィルソン、そしてビル・ギロニスとザ・ワークで活動中。2回目のギグを80年のランス・オルタナティヴ・ミュージック・フェスティバルで行う。そこでのプレイは少々控えめなものだったが、彼らの根底には沸騰するエネルギーが流れている。そしてこのアルバムで、それが顕著に見られる。1つの楽器がほかのサウンドをモジュールするという、予想を超えた発展的ミキサーの使用方法をとっている。ある人に"これはダダだ!"と言わしめた作品。

3/5
ニール・イネス&サン「カム・オン・フィール・ザ・ノイズ」
 ニールは、偉大なる英国の過ち、"ボンゾ・ドッグ・ドゥ・ダ(以前はダダ)・バンド"の創始者だ。僕は、パラディアムでの彼らの解散コンサートを、ロイヤルファミリーの前の席で観た。その後彼は、エリック・アイドル"モンティー・パイソンの友人"と共に、ラトルズのアルバムと映画(ごきげんな、ビートルズのパロディー映画)を制作。現在ニールはBBC TVの『イネス・ブック・オブ・レコード』の3作目を制作中。このスレイドの曲はマイルス・イネス(ニールの息子)が5歳の時の作品。マイルス(voc/drs)、ニール(gtr)。コントロール・ルームにいたオリー・ハルソールが歓喜した作品。

4/1
ハーバート・ディステル「トスカニー・イン・ブルー(ラスト・ミニット)」
 ハーバートは長年のキャリアを持つ、スイスのミニチュアリスト。彼は『ミュージアム・オブ・ドロワーズ』の制作で有名になった。シルクリールのために作られたキャビネットの小さな区画に、500人のアーティストによる作品のコレクションが飾られた。僕は『Miniatures』のオーガナイズのために、彼の知恵を借りようと手紙を書いた。後にヒューバートは最近彼が創ったサウンドピースの最後の1分を送ってきてくれた。それは3匹の猫と、1羽の雄鳥と、5匹のコオロギと、蛙、ウッドペッカー、カッコーで構成される小さなオーケストラ作品だった。無構成の自然音を構成するのは、非常に興味深い研究だ。

4/2
ロル・コックスヒル「アン・エンド・トゥ・ザ・マター」
 分類不可能なサックスプレイヤー、ロルはルーファス・トーマス、マイク・ウェストブルック、ザ・ダムドのほか、幅広い範囲で活動を続けている。パイプ・レコード第1弾は、うれしいことに、ロルとのコラボレーションアルバム『スロー・ミュージック』だった。アルバム制作中に、前述のランス・フェスティバルが行われた。管理上のミスで、ロルの演奏時間が短縮されてしまった。そのかわりに、各コンサートのアタマで15分間プレイすることになった。彼はロビーでも演奏した。その結果、プレイの数は実に合計16回にも及んだ。時に彼は、そのインプロビゼーションのバックに、制作中の『スロー・ミュージック』を流した。
それは素晴らしい効果を与えた。ジャン・マーク・フゥサという、企画力に富んだ紳士が、フェスティバルでのロルのプレイをレコーディングし、彼はその抜粋を編集している。

4/3
ケン・エリス「イワン・デニソヴィッチの一分」
 ケンはロル・コックスヒルのアルバムに参加している。呆れたことに、僕はこのアルバムをまだ聴いたことがない。初めて彼のプレイを聴いたのは、72年、マシュー・メイヤーによる実験的映画の音楽制作中のことだった。マシューは僕に、スピーカーズ・コーナーでロック詩を快活に吟唱する、ケンのテープを聴かせてくれた。ずいぶん後になって、僕はロンドンの地下鉄で、ケンのパフォーマンス(彼の愛するシュールなチューブ・シアターの一編)を観た。彼は今でも毎週このパフォーマンスを行い、人々の度肝を抜いている。ソルジェニーツィンの本物の縮小版、パイプ・スタジオ・プロダクションのケン・エリスの登場だ。

4/4
スティーヴ・ミラー「アリス」
 アレクシス・コーナー、ジョン・ダマー、ダディ・ロングレッグス、そしてフリーなど、多くのブルースマン/R&Bマンとの仕事をこなしてきたスティーブ。彼のスタイルは、キャラバンを経て、美しく繊細なピアノ即興スタイルへと変化していった。そのプレイは、ロル・コックスヒルの2枚のアルバムで、見事なエフェクトとして聴くことができる。その音楽活動は大工仕事のために少なくなっているが、(それが一時的なものであることを願っているが。)この『Miniatures』のために、スティーブは早朝の時間をさいてくれた。タイトルは彼の犬の名前だ。

5/1
ノーマン・ラヴェット「ジョン・ピール・シングス・ザ・ブルース・バッドリィ」
 "80年代のミュージック・ホール"、彼の仕事をノーマンはこう言い表わす。面白い表現だ。彼の(マックス・ミラーがかつて演ったような)観客とのダイレクトなコミュニケーションは、多くのパフォーマーにはできないものだ。(ジョン・オトウェイは1度成しえている。)ノーマンは去年、ロンドンのライシアムで行われた999のオープニングアクトで、観客からビール缶とツバの洗礼を受け、ミュージックビジネスの仲間入りをした。それはかれの食欲(意欲)をそそることとなり、現在はホワイト・チャペル・アートギャラリーの仕事に加え、パブやクラブにレギュラー出演している。このトラックは、僕がラジオでリスナーにアルバム参加を呼びかけた後、彼が送ってきたものだ。

5/2
パトリック・ポルテーラ「セロン・ヌー・レ・クードゥ」
 ジョセフ・ラカエルの友人"ペペ"・ポルテーラは、あのランス・フェスティバルでZNRに参加。トランペットを吹いている。このトラックでは楽しいフェアグラウンド・オルガンを聴かせてくれる。マルチレコーディングのテクニックを駆使し、ムッシュ・ポルテラのクラリネットをオーバーダブ。シンプルなスタジオワークが新鮮でエキサイティングなサウンドを創りだしている。説明はもういいだろう。このフランス的1節を楽しんでほしい。

5/3
ジョージ・メリー「サウンズ・ザット・セイヴド・マイ・ライフ(ホメージ・トゥ・K.S.)」
 粗野で卑猥なステージで、悪名高きジャズ・シンガー。しかし彼が"ダダ"のエキスパートであることはあまり知られていない。彼はマグリットの長年の友人である。『Miniatures』には、この両面が表現されているだろう。これはクルト・シュウィッターズの不評のダダ詩「ウルソナタ」(通常40分の長さがある)の騒乱ヴァージョンだ。ジョージはこの作品を、たった1度だけライブで演じた。マンチェスタークラブの外で、ビール瓶を手にした不良にからまれた時だった。闘うのか、それとも逃げるのか。(どちらにしても悲惨なリアクションだが。)彼はこのタフな集団に向かって、そのアメージングな詩を披露した。完全に面食らった彼らは、引き上げていった。レコーディングはジョージの家で行った。彼は床に跪き、ピアノに向かって叫んだ。そして奇妙なエコー効果を創りだした。

5/4
ロバート・フリップ「ミニチュアー」
 完璧に独自のスタイルを築き上げたギタリストの登場だ。ロバート・フリップはプレイヤーの域を超越したアーティストだ。60年代後半、あのキング・クリムゾンを結成。バンドはメンバー・チェンジを重ね、その音楽スタイルを拡大していった。探求者であり続けた彼は、その後クリムゾンを解散。ロキシー・ミュージックを離れたブライアン・イーノと共に、新たな音作りに入った。その後、ロバートはミュージック・ビジネスを離れ、自己分析、自己成長期間としての、緊張した3年間を送る。ソロ・アルバム制作とコンサー
ト活動でカムバックした彼は、ピーター・ガブリエル、ディヴィッド・ボウイらとの仕事をこなす。最近、オルガニスト、バリー・アンドリューズ(元XTCのメンバー)をフィーチャーし、"ザ・リーグ・オブ・ジェントルマン"を結成した。このアルバムでは、上品なシンセサイザーの作品を聴かせてくれる。今後、彼のバンドによるフルレングス展開があり得るかもしれない。

5/5
アンディ・パートリッジ(XTC)「ザ・ヒストリー・オブ・ロックンロール」
 XTCは英国(スウィンドル)が生んだ、最近の最も優れたバンドのひとつであり、その簡潔で研ぎすまされたスタイルで知られている。ギタリストでありまたヴォーカリストであるアンディは、エフェクター・ペダルを盗んだ強盗に、よりシンプルなプレイができるようになったと感謝している。去年彼は、XTCのラディカルなリミックス・ヴァージョンをリリース。それはスタジオをひとつの楽器のように使った、刺激的アルバムだった。ここでは、いかにも彼らしいショート・トラックを披露してくれている。最も重要な芸術についての20秒のレクチャーだ。

5/6
ファントム・キャプテン「ブリーザー」
 英国の巫術師、環境保護メンタリスト、ファントム・キャプテンの幕間がきた。彼らは、ロンドンを拠点に活動する、シュールなシアターグループだ。メンバーは、ジョエル・クトララ、ニール・ホーニック、ジュード・ローレンス、そしてカミーラ・ソンダース。レコーディングは壮大なパイプ・スタジオで行われた。僕も脇役で出演している。

6/1
ロン・ギーシン「エンターブレイン・エグジット」
 バンジョーからシンセサイザーまでに精通した、マルチタレントな直感的詩人、そしてミュージシャン。彼はホームスタジオで、エレクトリック・アルバムの傑作を制作している。また、ピンク・フロイドとのコラボレーション(『原子心母』のアレンジやサウンドトラック『ザ・ボディー』)、ドキュメンタリーの音楽制作、テレビCMの音楽制作等で、独自のスタイルの作品を創っている。そのユニークでひょうきんな手法は音楽のジャンルを溶かした。このトラックは2年程前にレコーディングされたもので、その内容は、ロンの奔放さを咎めた男にあてた返信である。ここで表現されている思いは、僕がこのプロジェクトを計画中に感じた思い、そのものだった。

6/2
アレハンドロ・ヴィニャーオ「アン・イマジナリー・オルケストリーナ」
 僕が前述のロン・ギーシンに最後に会ったのは、エレクトロ・アコースティック・ミュージック・ソサエティーがオーガナイズした、ある教会でのコンサートだった。(アーティスト達はそのひどい音響に文句を言っていたが、僕にとっては理想的セッティングだった)群を抜いて印象的だったのは、若いアルゼンチンの作曲家、アレハンドロ・ヴィニャーオの4チャンネル方式のテープ作品、「ウナ・オルケスタ・イマジナリヤ」だった。17分間の曲中に各々の音が、綿密にレコーディングされ、繋がれていた。この作業に彼は1年間を費やしたそうだ。計算してみると、1分間の制作には3週間を要することになる。アレハンドロは現在パリにあるIRCAMコンピューター・センターで、アートのための最新テクノロジーの開発に励んでいる。

6/3
クウェンティン・クリスプ「ストップ・ザ・ミュージック・フォー・ア・ミニット」
 "サバイバルの導師"、"ミーイズム世代の予言者"、"マッシュルームの上の、アリスに矛盾したアドバイスを与える毛虫"。人は彼のことをこのように呼ぶ。クウェンティン・クリスプは、そのゲイ・ライフを描いた『ザ・ネイキッド・シビル・サーバント: 裸の公僕』を出版。それはジョン・ハート主演でTVフィルム化されている。現在、英国、アメリカをまわり、その人生や経験についての講演を行っている。彼はすべてにおいてスタイリッシュな人だ。(誕生日までキリストと同じだ。)ここでは、音楽の害に関する彼の見解を話している。考えさせられる内容だ。レコーディングは、40年間掃除をしていないという、チェルシーにある彼のフラットで行った。4年目以降、ほこりは増えていないとのこと。

6/4
サイモン・デソーガー「テトラッド」
 僕は、サイモンが音楽を担当した、実験映画『ザ・ループ』によって、初めて彼の音楽を知った。そのミュージック・コンクレート・テクニックの効果的使い方は、忘れがたいものだった。その時点で僕はうかつにも、彼がフルート・プレイヤーであることを知らなかった。彼はハーモニックス、グリッサンド、循環呼吸法などのテクニック(時にはそれらを同時に)を磨き、まるで機械処理をしたかのようなプレイを、ライブでやってのけた。そのレコード・デビューは、長いオリジナル曲「タービュランス」からの抜粋だ。どのフルート・パートをレコーディングするかは、何人のプレイヤーが参加するかによった。(とても現実的なシステムだ!)

6/5
ラルフ・ステッドマン「スウィーテスト・ラヴ(ラメント・アフター・ア・ブロークン・サッシュコード・オン・ア・スィーム・オブ・ジョン・ダン」
 『Miniatures』のアルバムカバーを担当したアーティストの、レコード・デビューだ。ラルフの独特な、そしてラフなドローイングは、世界的に有名だ。彼はそのラフさについて、ペンのせいだと言っている。しばしば、ほかのアーティストがその手法をコピーしたが、ラルフのそれにはとうてい追い付かない代物だった。とくに印象深いのは、ローリング・ストーン誌に連載された、ハンター・S・トンプソンの『フィアー・アンド・ロージング・イン・ラスベガス』のためのイラストだ。このトラックは、ラルフのアレンジによる、ジョン・ダンの詩。彼はこのレコーディングでギターを弾いていない。鳥の声を録音しようと窓を開けた時、ラルフは壊れた吊り網で手を傷つけてしまったのだ。そこで僕が、古いハーモニウム(足踏みオルガン)を弾いた。しかし、あまりにもキーキーと軋んだ音をたてたので、僕らはそれを芝生の上に引っ張りだし、どしゃぶりの雨の中でレコーディングを行った。

6/6
R.D.レイン&サン「ティペレリー」
 世界的な超一流心理学者、ロニー・レインは精神病の治療において、数えきれないほどの功績を残している。また、狂気と正気の真の基準を問題視している。『ザ・ディヴァイディッド・セルフ』『ノッツ』を初め、著書多数。最近では、『イーチン: 易経』の紹介でも知られている。しかし、彼が熱狂的ジャズ・ファンであり、またピアニストであることはあまり知られていない。このアルバムでは、ホーム・レコーディングによるお気に入りの曲を披露。彼の息子、アダムが、パーカッションとヴォーカルで参加している。

7/1
トレヴァー・ウィッシュアート「ビーチ・ダブル」
 トレヴァーはヨーク大学で、環境音楽と電子工学を教えている。彼は海岸や森林で演奏されるための曲を書き、最近ではロンドンのICA(インスティチュート・オブ・コンテンポラリー・アート)で上演された、ニューミュージック・シアターの作品『パストラール/ウォールデン2』の音楽制作をした。この曲には、チューバ、フルート、テープ、スライド、花、剥製の鳥、そしてシャワーがフィーチャーされている。エレクトロ・アコースティック・ミュージック・ソサエティーのメンバーであるトレヴァーは、前述のコンサートで「エクステンディッド・ヴォーカル・テクニック」を披露。1981年初頭、彼の作品「オートミュージック」が、BBC TVの環境音楽番組のテーマとなる。このトラックは、アルバム『ビーチ・シンギュラリティー』とコンポジション作品「ファンフェアー」からの抜粋を組み合わせて創られている。ディック・ウィッツ、メルヴィン・ポール、ロビン・クンブス、そしてマーティン・メイズが参加している。

7/2
ジョン・ホワイト「セーヌ・ド・バレエ」
 思考の独創性と反逆は、静なる方法で表現しうる。それはジョン・ホワイトがとった手段だ。最初に彼を観たのは79年。ICAで行われたガーデン・ファニチャー・ミュージック・アンサンブルでのプレイだった。彼は"ノンモニュメンタル・ミュージック"に捧げられた、フェアウェル・シンフォニーというバンドも結成していた。現在は、ユーディ・メニューイン・スクールで教鞭をとり、ナショナルシアターの音楽監督でもある。イーノのオブスキュア・レーベルから、ギャヴィン・ブライアーズと共に『マシン・ミュージック』をリリース。98のピアノソナタ作曲という世界記録も持っている。このミニマル作品は、彼のパーカッション好きをよく表した、バレー曲「ザ・セレスシャル・クロック・ファクトリー」からの抜粋だ。これは、彼の妻、パット・ギャレットの振り付けにより、サンダー・バレーカンパニーが80年のエジンバラ・フェスティヴァルで上演している。

7/3
アイヴァー・カトラー「ブローチ・ボート」
 斜に構えた音楽哲学者(ロバート・ワイアットも同様)、ユーサイモグラファーのアイヴァーは、一度聴いたら忘れられない声の持ち主だ。彼の経歴は異常だ。ケン・ラッセルのTVフィルムのための音楽、ザ・エスタブリッシメントュにレギュラー出演、オブザーバー/プライベートアイ/インターナショナル誌のための漫画家、サマーヒルでの教育。趣味は、歩道の犬の糞の周りにカラーチョークで花の絵を描くこと!!彼は有名なミニチュアリストであり、フィリス・エイプリル・キングとのアルバム『ダンドラフ』には45トラックもの曲が収録されている。(『Miniatures』の方が上だ!)このホーム・レコーディングによる、ハーモニウム・サウンドは、ミニチュア版マリンタイム・ライフの大気のスケッチだ。

7/4
エクトル・ザズー「ドゥ・テル・アス」
 "エスプリ・ヌーボー(ニュー・スピリット)は、感動の排除と活動の静止を私たちに教えてくれた。音楽においても、そのサウンド選びやリズム使いは、静的で直線的で無感情であるべきだろう。謙虚と放棄の精神が新しい方向性だ。"(エリック・サティ談)ザズーもまたZNRのメンバーだった。このトラックでは、同バンドメンバーだったジョセフ・ラカイルがヴォーカルをとっている。この謙虚な無理論の作品は、ザズーのウォールペーパー・ミュージック(壁紙のような音楽)への試みのひとつであり、そのシンプルなサウンドからは想像できないくらい制作は複雑だった。ミューザック・インクが一見似たような作品をリリースをしているが、ザズーの作品に比べれば、どれも大したことのない、リラックスには程遠いものばかりだった。

7/5
マイケル・バース&エレン・テネンバーム「バルトークの2台のピアノとパーカッションのためのソナタのミニチュアライゼーション)」
 マイクがこのアルバム、『Miniatures』にアーティストとして参加するまで、僕は彼の音楽について何も知らなかった。新しい音楽雑誌、インペタスに載ったケネス・アンセルのアルバムレビューを読んだだけで、僕は彼に曲の依頼をした。ケネスとマイクへの僕の信頼は、マリンバとエレンのメゾソプラノに撹乱された、バルトークのソナタのテープを受け取った時に、報いられることとなった。バルトークは、"このピースは莫大な困難を含んでいる。"と話している。しかしマイクには、これが、バルトークの滑稽な作品と映ったようだ。ちなみに、僕はその後、マイクのアルバムをとても楽しんで聴いている。

8/1
マーティン・チェンバーズ(ザ・プリテンダーズ)「ア・スウィフト・ワン」
 前のトラックは、デリケートなヴォイスによるドラム表現で終わっている。そして今度は、正真正銘、英国が生んだ本物のドラマーの登場だ。正統派ロックバンド、ザ・プリテンダーズのメンバー、マーティンは、大ヒットしたファーストアルバムのレコーディング中、他のメンバーに鳥類学のレクチャーを披露した。ヘレフォード出身の彼はこの手の事に精通していた。スウィフト(アマツバメ)はとても珍しい鳥だそうだ。マーティンは僕に、すべての彼の話が各文献により証明できると請け合った。パーカッション付きレクチャーで楽しく学ぼう。

8/2
ボブ・コビング&ヘンリ・ショパン「リフレッシュメント・ブレイク」
 ジョージ・メリーはサウンドポエトリーのクラシックスタイルの見本だ。そしてここに登場するのは、もっと現代的な、無言語ポエトリーの発展的暗示だ。この作品は、2人の卓越した詩人が、超一流の料理を楽しんだ後に創られた。ボブとヘンリ(彼はあのショパンと血の繋がりがあると公言している。)は、ラブレーへの頌詩「ヴィヴ・ラブレー」の一部を提供してくれた。ボブ・コビングはヨーロッパ、アメリカを頻繁に訪れ、その作品を吟唱している。また、多くのレコーディングに参加するほか、定期的にワークショップを開いている。

8/3
デイヴ・ヴェニアン(ザ・ダムド)「ナイト・タッチ」
 "時よ......時よ......復讐者の存在する時よ......見知らぬあんたじゃない......ゾンビが踊る......炎の目をして......時を刻む......人生は壊滅の時......甘いララバイ......時よ......"これは、ザ・ダ
ムドのリードヴォーカリストによる、残忍な生活のポー風1分間だ。彼らは、クラッシュやセックス・ピストルズと共にパンクのパイオニアとして知れ渡る。このトラックは、イズリントンにある黒壁に囲まれたデイヴの地下室で、ノイジーなハーモニウムと極悪非道の楽器群を使ってレコーディングされた。デイヴは現在、その悪魔的狂気を映画制作の世界にも持ち込もうとしている。

8/4
メタボリスト「レイシング・プードルズ」
 77年1月結成。最初に僕の注意を引いたのは、『イノヴェーション』を通してのことだった。この刊行物は、イーノのファンジンを装っている。研究熱心なミュージシャンのインフォソースとなればいいのに。賢明にも、メタボリストは個人レーベル(ドロム・レコード)を持っている。彼らはカンやゴング、そしてマグマに影響を受けたと公言しているが、ディス・ヒートやパブリック・イメージ・リミテッドとの関連性を感じるのは、僕だけだろうか。そこには、最近のダンスミュージックのカオスとノイズの、興味深い使い方が感じられる。このいかした曲は、サイモン・ミルウォード(bs)、マーク・ロウラット(drs)、マルコム・レイン(gtr)、アントン・ローチ(synth)をフィーチャーし、チャーリング・クロス・ロードにある、彼らのスタジオでレコーディングされた。

9/1
ギャヴィン・ブライアーズ「アフター・メンデルスゾーン(137 イヤーズ)
 ギャヴィンの『ザ・スィンキング・オヴ・ザ・タイタニック: タイタニック号の沈没』は、名作中の名作だ。その微妙なテープテクニックと妥協を許さない現代性は見事としか言いようがない。その手法は、ありふれたアヴァンギャルド・コンクリートジャングル・テクノ・スタイルなどではなく、時空を超えた深遠なものだ。彼は、ジョン・ケージ、キャシー・キャービー、リー・コニッツ、デレク・ベイリーらの作品を手掛けている。幅広い様々な音楽のフィールドへ速い速度で動いている現代音楽家の、最高の一例だろう。現在ギャヴィンは、バーナーズ候の伝記の執筆に没頭。1843年7月21日、メンデルスゾーンが『ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム: 真夏の夜の夢』を書き、その100年後、ギャヴィンが生まれた。そして、1980年7月21日、彼はこの、4本の手のためのメンデルスゾーンの曲のミニチュア版を書き上げた。(あとの2本はジョン・ホワイトによって演奏されている)

9/2
ハーフ・ジャパニーズ「ペイント・イット・ブラック」
 レコーディングエンジニアは明らかに畏縮していた。なにしろこのテープといったら、バスドラの中に仕込んだマイクと、2ドルで買ったカセット・レコーダーで録音されたかのような音だったのだ。とにかく大きく、とにかくひどく、そしてとにかく愉快な音だった。メリーランド(アメリカ)を拠点に活躍するハーフ・ジャパニーズは、個人レーベル、50,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000ワット・レコードを所有。近々、英国でも3枚組アルバムをリリース予定で、その破壊的音楽を披露するようだ。メンバーは、ディヴィッド・フェア(gtr/voc)、ジャド・フェア(drs/彼はザ・レジデンツのシングル『デ
ィスコモ』のジャケットの絵も描いている)、ジョン・ドレイファス(sax)、ラッキー・ドレイファス(drs)。これは、ストーンズのあの黒い曲を、噛みつぶして吐き出したかのような作品だ。

9/3
サイモン・ジェフス(ペンギン・カフェ・オーケストラ)「アーサーズ・トリート」
 『ミュージック・フロム・ザ・ペンギン・カフェ』は、この10年間のベストアルバムの1つだろう。古い英国のティールーム風なウォールペーパー・ミュージックに、ルイス・キャロルとエリック・サティのシュールっぽさを加えた感覚。これは、サイモンが考え出したものだ。(彼は、故シド・ヴィシャスによる「マイ・ウェイ」の騒乱ヴァージョンのストリングスアレンジもしている。)次なる作品を熱望している僕だが、その気持を静めるために、この『Miniatures』への参加を依頼した。これは、ペンギン・カフェ・オーケストラの演奏による、いくつかの異なるムードを持つ45秒の弦楽作品だ。

9/4
マーク・ペリー「トーキング・ワールド・ウォー・スリー・ブルース」
 マークPは、最初のそして悪名高きパンクファンジン『スニッフィング・グルー』のエディターだ。しかし、彼の本物の誠意と献身的エネルギーは、単なる新し物好き/センセーション好きの人達とは、一線を画していた。彼は、"オルタナティヴTV"と"グッド・ミッショナリーズ"で多くのレコーディング、パフォーマンスを行い、最近は、"ザ・ドア・アンド・ザ・ウィンドウズ"で活動中。時にはフリー・ジャズとパンクのコラボレーションイベントに出演。なんて健康的な兆候なんだ!!(僕達は、音楽における枠を排除するために活動している訳であって、今だにこんなミュージック・カテゴリー表現を使わなくてはならないのは、残念なことだが。)マークはこのボブ・ディランの作品で、次に登場するアーティスト、マイケル・ナイマンへの賛辞を表現。デニス・バーンズとグラント・ショウビズが参加している。

9/5
マイケル・ナイマン「89-90-91-92」
 『エクスペリメンタル・ミュージック/ケージ・アンド・ビヨンド』(スタジオ・ヴィスタ出版1974)の著者としても知られるマイケルは、77年に自己のバンドを結成。また、システム・ミュージック・アルバム『ディケイ・ミュージック』(オブスキュア・レーベル)を制作している。現在は、81年、オーストリアで開かれるグラッツ・フェスティバルのために、「ザ・ライド・オブ・ザ・ヴァイレキリーズ」のニュー・ヴァージョン制作中。また、ピーター・グリーナウェイの『ヴァーティカル・フィーチャーズ・リメイク』『1-100』『ア・ウォーク・スルー・エイチ』など、映画音楽制作も数多い。『Miniatures』に収録されたこの曲は、グリーナウェイの80年の作品、92の伝記で構成される『ザ・フォール』の最後の4パートから抜粋された。

10/1
デヴィット・カニンガム(フライング・リザーズ)「インデックス・オヴ・エンズ」
 デヴィットは、メイドストーン・アート・カレッジで、マイケル・ナイマンとデヴィッド・トゥープのもとで学んだ。同時期に、ザ・フライング・リザーズを結成。エディー・コクランの「サマータイム・ブルース」をカヴァーし、悪評をかち得る。そして「マネー」が大ヒット。彼のシンプルでナイーヴな音楽性は、ジャーナリスト達に"誰にでも創れる音楽"と揶揄され、現代アート/アブストラクト・アートについての数年にわたる論争となった。現実は、アーティストは物を創りだし、ジャーナリストは常に口をだすだけなのだが。彼は現在、マイケル・ナイマンのアルバムをプロデュース中。プレイよりプロデュースの方により興味があるようだが、このアルバムでは彼一人ですべてをプレイしてくれている。

10/2
ケヴィン・コイン「ジェームス、マーク&ミー(イン・ザ・マナー・オブ・トム・ウエイツ)」
 ケヴィンの名前は、はヴァージンからリリースした、感動的、撹乱的ダブル・アルバム『マジョリー・レイザブレイド』で広く知られるところとなる。(それ以前にもジョン・ピールのダンディライオン・レーベルより、彼のバンド、サイレンでのレコーディング経験がある。)以来、あの論争の的にもなった、ダグマー・クラウゼとの『バブル』、スヌ・ウィルソンの戯曲のための音楽を初めとする、多くのアルバムを制作。また多くの作品のアルバム・ジャケットに彼のイラストが使用されている。最近では、子供のためのアルバム制作や、ロバート・ワィアットとの仕事をこなしている。このアルバムでは、ジェイムス・ジョイスとマーク・ロスコを讚える作品を披露。バックのピアノもケヴィン自身によるもの。

10/3
エトロン・フー・ラルブラン「ヘップ! 」
フレンチ・ニューミュージックの優れもの。彼らのグループ名は、翻訳不可能のようだ。(マッドシットとかトロンボーン・クレイジー・ホワイト・ウルフなんていうのを聞いたことはあるが。)彼らは、ランスフェスティバルで観客の度肝を抜くプレイをみせた。フェルディナ・リシャールのベースは、その吼えるヴォーカルの下で轟きわたり、バーナード・マティウのクールなイメージは、そのワイルドなサックス・プレイが見事に裏切った。そしてシジュ・シェネヴィエのドラムプレイは、癲癇そのものだ。(彼はのちにドラムバトルをやっている。そのバトルは、シジュがピストルを抜き相手を撃ったことで、幕を閉じた。)いかにも彼ららしいこのトラックは、説明不可能な興奮の作品だ。

10/4
ニール・オラム&ケン・キャンベル&ザ・サイエンス・フィクション・シアター・オブ・リヴァプール「ザ・ミニット・ワープ」
 最近ギネス・ブックに付け加えられたレコードは、世界最長の戯曲、ニール・オラムの『ザ・ワープ』だ。この多くの心理学者とセラピーのエキサイティングな半自伝的研究は、人は真実を求める時、拒絶する前に体験してみるべきだという内容を含んでいる。ケンはこの22時間のマラソン劇を演出(時には出演)。ザ・サイエンス・フィクション・シアター・オブ・リヴァプールが上演した。この戯曲は最近になって、10編の短い作品として翻案され、3冊の本として出版された。また、ヘンジ・フィルムのイアン・ジョンソンによって映画化も決定。イアンは、エディターが組み立てた、台詞と音楽の断片のテープを提供してくれた。現在ニールは、1983年7月1日までの世界軍縮運動にその神経を集中している。

10/5
ピート・シーガー「ベートーヴェンの第9交響曲」
 深い人間性と愛への自覚に富むピート・シーガーは、世界の状況に多くの関心を寄せている。その美しくシンプルなフォークミュージック/プロテストソングで世界的に有名。一方、1955年には、ポップ・クラシカル・アルバム『ザ・グーフィング・オフ・スイート』を制作。これは、すべてのグッドミュージックの普遍性を示す、真の試みとしての印象を与えた。この『Miniatures』で聴かれるのは、最も感動的クラシックピース、ベートーヴェンの「ソング・オブ・ジョイ:喜びの歌」のピート・ヴァージョン。イントロはカットした。しかしまだ数秒、タイムリミットより長すぎた。しかし、このプロジェクトにインスピレーションを与えてくれたピートの作品だ。細かいことは言わない。オリジナルがディスクへのダイレクト録音のため、音が少々われている。でもそんなことは気にせずに、この希望と喜びの賛歌をエンジョイしてほしい。

CD収録ボーナストラック:

11
ノー・アーティスト「1分間の黙祷」
 オリー・ハルソール、R.D.レインそしてモーゼス・アッシュの思い出に感謝をこめて・・・『Miniatures』は短い。しかし人生はそうあるべきではない。

12
オール・アーティスト「ザ・ミニチュアーズ・ミニチュアー」
 全アーティストをアルバムと同じオーダーで聴くことができる、超多忙人間用『Miniatures』のハイライト版。

すべてのアーティストと、このアルバムに協力してくれた人達へ、感謝の気持をこめて。


企画/編集 モーガン・フィッシャー
対訳: AKI KUNIYASU

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